「音がないと眠れない」は異常なのか
――眠りに必要なのは「無音」ではなく、安心できる音環境
「音がないと眠れないんです」
そう話す人がいます。
部屋が静かになると、かえって落ち着かない。
ラジオをつけておく。
動画や配信の音を流したまま眠る。
途中で音が止まると、目が覚めたり、不安になったりする。
こうした状態について調べると、「不安障害」や「
確かに、不眠症では、
要因の一つとして研究されています。
そうした状態では、
しかし、
「音がないと眠れない=心の病気」
と考えてしまうのは、少し早いように思います。
そもそも人間にとって、「完全な無音」
自然界は、もともと無音ではない
私たちが「静かな場所」と聞いて思い浮かべる森にも、
風が木々を揺らす音。
葉の擦れる音。
遠くの水の流れ。
虫の声。
鳥の気配。
雨が屋根や地面を叩く音。
海辺なら、波は一晩中寄せては返します。
「静かな自然」とは、音が存在しない場所ではありません。
むしろ、さまざまな小さな音が空間の中に存在しながら、
私たちはここに、
耳には「まぶた」がない
目は閉じることができます。
けれど、耳にはまぶたがありません。
眠っているあいだも、
睡眠中にも残っています。
これは考えてみれば当然です。
もし眠った瞬間に周囲の音がまったく分からなくなってしまえば、
だから眠りとは、外界から完全に切り離された状態ではなく、周囲
とも考えられます。
ここで大切になるのが、
「音があるか、ないか」
ではなく、
「その音を脳がどう受け取っているか」
なのです。
なぜラジオの声があると安心するのか
夜、一人の部屋でラジオをつける。
すると、さっきまで気になっていた時計の音や、外を走る車の音、
もう一つ、ラジオから聞こえてくる人の声そのものに、「
つまり、その音は単なる音ではなく、
「突然の音を目立たなくする背景」
「いつもの就寝儀式」
「人の気配」
「ここは安全だという手がかり」
として働いている可能性があります。
そう考えると、「音がないと眠れない」という状態を、
むしろ、その人の脳が何を安心の手がかりとして使っているのかを
ただし、「音を流せばよく眠れる」わけではない
ここは、とても重要です。
「無音でなくてもいい」という話と、
「音を流したほうが睡眠にいい」
という話は、まったく同じではありません。
睡眠用としてよく知られているホワイトノイズやピンクノイズにつ
一定の音によって周囲の突発的な物音が目立たなくなり、
音そのものが睡眠を妨げる可能性もあります。
2021年に発表された、
逆に睡眠を妨げる研究の両方があり、
さらに2026年に発表された実験研究では、
静かな環境と比べてREM睡眠を減少させる結果も報告されていま
つまり、
「音があるほうがいい」でもなければ、
「無音が最もいい」でもない。
睡眠と音の関係は、そんなに単純ではないのです。
必要なのは「音」ではなく「安心」なのかもしれない
私たち音と睡眠研究所が注目しているのは、ここです。
睡眠環境を考えるとき、これまでは、
「騒音を減らす」
「できるだけ静かにする」
という方向が中心でした。
もちろん騒音を減らすことは重要です。
けれど、その先にもう一つ問いがあるのではないでしょうか。
静かになったその空間は、本当に安心できる空間なのか。
音を全部取り除いた結果、冷蔵庫の作動音だけが浮かび上がる。
換気扇の低い音だけが耳につく。
外を走る一台の車の音に、いちいち意識が向く。
あるいは、
だとすれば必要なのは、さらに音を消すことではなく、音環境全体
「何を流すか」より、「なぜ流したいのか」
もし、何か音がないと眠れないという人がいたら、
その音は、何をしてくれているのでしょう。
外の物音を隠してくれているのか。
一人ではないという感覚を与えてくれるのか。
寝る時間になったことを身体に知らせる習慣になっているのか。
それとも、
理由によって、整えるべき環境は変わります。
もし音を使うなら、大きな音で周囲を覆い隠すのではなく、
急激に音量が変化するものや、
注意を強く奪わないものを選んでみる。
そして一晩中流すことを前提にせず、タイマーを利用してみる。
大切なのは、「睡眠にはこの音が効く」
自分の神経が、
静寂をつくるのではなく、安心をつくる
私たちはこれまで、
「よく眠るためには静かな部屋が必要だ」
と考えてきました。
それは間違いではありません。
けれど、これからの睡眠環境を考えるときには、
目指すべきものは、
音のない部屋ではなく、音を気にしなくてよい部屋。
そこでは、耳が何かを探し続ける必要がない。
突然の音に身構える必要もない。
音を消すために、さらに別の大きな音を加える必要もない。
ただ、身体が「ここなら休んでも大丈夫だ」と感じられる。
「音がないと眠れない」という人がいることは、
人が眠るために本当に求めているのは、静寂そのものではない。
安心なのです。
そしてその安心をつくる条件の一つに、「音環境」がある。
音と睡眠研究所では、これからも「うるさいか、静かか」
参考にした主な研究
・Riemann D, et al. The hyperarousal model of insomnia: A review of the concept and its evidence. Sleep Medicine Reviews, 2010.
・Dressle RJ, et al. Hyperarousal in insomnia disorder: Current evidence and potential mechanisms. Journal of Sleep Research, 2023.
・Riedy SM, et al. Noise as a sleep aid: A systematic review. Sleep Medicine Reviews, 2021.
・Basner M, et al. Efficacy of pink noise and earplugs for mitigating the effects of intermittent environmental noise exposure on sleep. SLEEP, 2026.
