耳は眠っている間も働いている?

音と睡眠

耳は眠っている間も働いている? ― 睡眠中の脳と聴覚が、静かに続けていること ―

私たちはふだん、「眠る」とは感覚が休むことだと思いがちです。
目を閉じ、身体を横たえ、意識が遠のいていく。
その状態を思い浮かべると、外の世界とのつながりがいったん切れているように感じられるかもしれません。
しかし実際には、眠っている間も、耳は完全には休んでいません。

睡眠中の脳は、周囲の音をまったく無視しているわけではなく、環境の変化をある程度見張り続けています。
近年の研究でも、睡眠中であっても脳は外部の音に反応し、その音がどれほど重要か、あるいは注意を向けるべきものかを選別していることが示されています。
これは、人間にとって聴覚が「警戒のための感覚」でもあるからです。

目は閉じることができますが、耳にはまぶたがありません。
眠っているあいだも、音は空気の振動として私たちのまわりに届き続け、脳はその情報を受け取り続けます。
睡眠中の聴覚は、完全に働きを止めるのではなく、必要な刺激にだけ反応できるよう、静かに待機している感覚だといえるでしょう。

人間はしばしば、最後の危険察知において音に頼る存在、いわば“聴覚動物”であるとも表現されます。
もちろん私たちは視覚にも大きく依存していますが、眠っている間、あるいは暗闇の中でも働き続ける感覚として、聴覚はとても重要です。
物音、気配、呼びかけ、異変の兆し。
そうしたものをいち早く受け取る役割を、耳は静かに担い続けています。
睡眠中にも脳が音に対して警戒を解かないのは、この本能的な仕組みの延長にあるのかもしれません。

この働きは、私たちの眠りを守るための仕組みでもあります。
もし就寝中に危険な物音や異変の気配があれば、脳はそれを察知し、覚醒に向かう準備をします。
一方で、毎晩聞いているエアコンの作動音や遠くの生活音のように、危険ではないと判断された音は、ある程度受け流されます。
つまり脳は、眠りながらも「この音は放っておいてよいか」「注意すべきか」を選り分けているのです。

興味深いのは、音に対する反応が、音量だけで決まるわけではないことです。
研究では、睡眠中の脳は単に大きな音に反応するだけでなく、意味のある音や自分にとって注意すべき音に対して、より敏感に反応する可能性が示されています。
たとえば、睡眠中でも聞き慣れない声には、聞き慣れた声より強い脳反応が見られたという報告があります。
これは、脳が音の“内容”や“関係性”まである程度評価していることを示唆しています。
ここから見えてくるのは、「眠りにとって大切なのは、ただ静かであることだけではない」ということです。
たしかに、夜間の環境騒音が睡眠を妨げることは、数多くの研究で確かめられています。
夜の騒音は、目が覚めるほどでなくても睡眠を浅くし、断片化させることがあります。
けれど一方で、すべての音が同じように悪いわけではありません。
睡眠中の脳が求めているのは、「無音」よりもむしろ「安心してよいと判断できる環境」なのかもしれません。
このことは、前回のテーマである「人は“静寂”ではなく“安心の音”で眠る」という視点にもつながります。

耳は眠っている間も働いている。
だからこそ、寝室の音環境は、意識していないところで眠りの質に関わってきます。
機械音のように緊張を呼びやすい音、断続的に入ってくる突発音、あるいは意味を持って脳を刺激しやすい音は、睡眠中の見張り番である聴覚を落ち着かなくさせます。
逆に、連続的で穏やかで、危険を感じさせにくい音は、脳に過剰な警戒を起こしにくいと考えられます。
さらに近年は、音が睡眠中の脳活動そのものに影響しうることも研究されています。
外部の音刺激は、睡眠中の脳波や情報処理に変化を与えることがあり、条件によっては睡眠の質や記憶の固定にも影響しうると報告されています。
つまり、音は「眠りを邪魔するか、しないか」だけでなく、眠っている脳の働きそのものに関わる環境要因でもあるのです。

眠りの環境というと、温度、湿度、光がまず思い浮かびます。
もちろんそれらは大切です。
ですが同じように、音もまた空気の質を決める重要な要素です。
耳は眠っている間も働いているからこそ、寝室にどんな振動が満ちているかは、私たちが思う以上に大きな意味を持っています。
眠りを整えるとは、ただ目を閉じることではありません。
脳が「ここは安全だ」と感じられる環境をつくることです。
そのために、聴覚という感覚が夜のあいだも静かに働き続けていることを知るのは、とても大切な第一歩なのかもしれません。

この記事を書いたひと

有限会社エムズシステム 代表取締役 三浦 光仁

「音と睡眠」に関する第一人者。
音の不思議さ、音楽の凄さに身も心もやられ、人生の半生を捧げる。
あるエネルギーの振動(周波数帯域)により、人体が受け止める感覚センサーが異なると知り、驚愕。波長、周波数、共鳴、共振、という科学に足を踏み入れ、量子論的な世界を毎日楽しく生きる、有限会社エムズシステムの代表取締役、三浦光仁(みうらてるひと)。