都会の通奏低音
都市の夜は、意外にも「音」であふれています。
車の走行音、冷暖房機器の低周波、隣室の生活音、通りの話し声や上空の航空機。耳に届くものもあれば、無意識下で脳を刺激し続ける音もあります。
私たちはその中で「眠ろう」としています。
実際、多くの都市生活者が感じている「眠りづらさ」の背景には、この絶え間ない環境音=“ノイズ”が存在しています。
どれだけ静かな部屋にいたとしても、「脳が静かにならない」のは、周囲の音にさらされているからかもしれません。
「ノイズマスキング」
そこで注目されているのが「ノイズマスキング」という手法です。
これは、不快な外部音を遮断しようとするのではなく、「別の、より心地よい音」を空間に満たすことで、脳を安心させるという考え方です。
ホワイトノイズや自然音、環境音楽などがこれにあたり、一定の音のレイヤーで、突発的なノイズや不規則な音を目立たなくすることができます。
ただし、どんな音でもよいわけではありません。
ノイズマスキングの本質は「音の質と広がり」にあります。
多くの方が睡眠用にスマートフォンやスピーカーから音楽を流している現状がありますが、それらの音は、たいてい「方向性」を持っており、音が一方向から耳に飛び込んでくる構造になっています。
これは情報としての音を届けるには適していますが、睡眠という“感覚を手放すプロセス”には不向きな場合もあります。
「空気の中に溶け込む音」
では、どのような音が心地よく、眠りを支えてくれるのでしょうか。
ヒントは自然界にあります。
風のそよぎ、雨の音、木々が揺れる葉音、遠くで鳴く鳥の声。
これらの音は「特定の方向」からではなく、空間全体からやわらかく響き渡ります。
音に“包まれている”感覚は、私たちの原初的な安心感を呼び起こし、自律神経を整え、深いリラクゼーションへと導いてくれます。
つまり、睡眠環境において大切なのは、「耳で聴く音」ではなく、「空気の中に溶け込む音」に身をゆだねることなのです。
静けさを「音でつくる」
都市の中にいても、音を工夫することで眠りの空間は整えられます。
大切なのは、静けさを「音でつくる」という発想。
そして、耳に飛び込んでくる音ではなく、全身が包まれるような自然な音に触れること。
眠れない夜を変えるのは、目に見えないけれど確かな「音の質」かもしれません。
音と睡眠研究所では、こうした音環境が人の眠りや回復力にどのように影響を与えるのかを今後も探究していきます。
眠れないことを“自分のせい”にするのではなく、音と空間を少しだけ見直す。
それが、都市生活のなかでもっとやさしく眠るための第一歩となるはずです。