騒音は、なぜ身体を壊すのか​? 自律神経を介したメカニズムの解明

音と睡眠

騒音は、なぜ身体を壊すのか​? 自律神経を介したメカニズムの解明

「静かなのに、疲れる。」

前回の記事で、私たちはこの問いを立てました。
そして、その答えを探るために、まず「うるさい環境」の研究から始めなければなりません。
なぜなら、騒音が身体に与えるメカニズムの解明が、静かな環境における慢性的な音環境ストレスを理解するための、最も確かな土台になるからです。

 

騒音は「聴覚の問題」ではない

騒音による健康被害というと、多くの人は「耳への影響」——難聴や耳鳴り—— を思い浮かべるかもしれません。
しかし現代の研究が明らかにしているのは、それをはるかに超えた全身への影響です。
疫学研究によれば、交通騒音への慢性的な曝露は、高血圧・心筋梗塞・脳卒中といった心血管疾患と明確に関連しています。
WHOの推計では、西ヨーロッパだけで交通騒音による健康被害は年間150万人分の健康寿命の損失に相当するとされており、睡眠障害・虚血性心疾患・認知障害がその主な内訳を占めています(Hahad et al., 2019)。
なぜ「音」が心臓や脳に影響するのでしょうか。
そこには、自律神経系を介した明確なメカニズムが存在します。

 

音が身体に届く2つの経路、再考

前回も触れましたが、音の信号は「意識的に聴く経路」と「自律神経系に直接作用する経路」の2つを並行して走っています。
後者の経路では、聴覚神経からの信号が脳幹に分岐し、そこから自律神経系および内分泌系へと伝わります。
この経路は、音を「認識する」かどうかに関わらず作動します。
ドイツ・マインツ大学のMünzelらの研究グループによれば、騒音はこの経路を通じて2段階のストレス反応を引き起こします。
第1段階は自律神経系(交感神経—副腎髄質系)を直接刺激する「直接経路」、第2段階は視床下部—下垂体—副腎系(HPA軸)を介した「神経内分泌経路」です(Münzel et al., 2018)。
この2段階の反応が、騒音を単なる「不快な刺激」ではなく、全身性のストレッサーとして機能させています。
この概念的枠組みは、ドイツ連邦環境庁のBabischが「騒音/ストレス仮説」として早くから体系化しており(Babisch, 2002)、その後の多くの研究の土台となっています。

 

交感神経の優位が、身体を蝕む

自律神経系は、交感神経(活動・覚醒)と副交感神経(回復・弛緩)の2系統が拮抗しながらバランスを保っています。
このバランスの指標として広く用いられるのが、心拍変動(HRV:Heart Rate Variability)です。
騒音環境への曝露実験では、交感神経活動の指標であるLF/HF比が平均55%以上増加し、副交感神経活動の指標であるRMSSDが約10%低下することが報告されています(Hahad et al., 2019)。
つまり騒音は、交感神経を優位にし、副交感神経を抑制する——身体を「戦闘モード」に引き込む作用を持っています。
一時的であれば、この反応は生体防御として正常です。
問題は、慢性化したときです。
交感神経の持続的な優位状態は、血圧の上昇・血中脂質の増加・血糖値の上昇・血液凝固因子の活性化といった変化を連鎖的に引き起こします。
これらはいずれも、心血管疾患・糖尿病・脳卒中の主要なリスク因子です(Daiber et al., 2019)。
騒音が「耳の問題」にとどまらず、心臓や血管の病気と結びつくのは、このメカニズムによるものです。

 

「気づかない音」が慢性ストレスをつくる

ここで、重要な概念を確認しておく必要があります。
研究者たちは早くから、騒音の健康被害には「聴覚的影響」とは別の「非聴覚的影響」が存在することに注目してきました。
活動の妨害、睡眠の分断、コミュニケーションへの干渉——これらは音を「うるさい」と感じなくても生じる影響です。
Babischはこの「非聴覚的影響」を3段階の連鎖として整理しています。
第1段階は「ストレス指標の変化(ストレスホルモン等)」、
第2段階は「生物学的リスク因子の増加(血圧・血中脂質等)」、
第3段階は「疾患の発症(高血圧・虚血性心疾患等)」です(Babisch, 2002)。
特に重要なのは、慢性的な低レベルの騒音がこの連鎖を静かに進行させることです。
意識の閾値以下の音であっても、自律神経系への刺激として蓄積されていきます。
さらに、低周波ノイズに関する研究では、心拍変動への悪影響が曝露終了後も持続することが示されています(Münzel et al., 2018)。
音が止んでも、身体の反応は続く——これは、慢性的な音環境ストレスの蓄積性を示す、見過ごせない知見です。

 

「静かなのに疲れる」への接続

ここまでの研究知見を整理すると、次のことが言えます。
騒音は、意識されるかどうかに関わらず、自律神経系を介して身体に影響を与えます。
その影響は慢性化・蓄積化し、心血管系をはじめとする全身的な健康リスクへと発展します。
そして、この連鎖は「明らかにうるさい環境」だけで起きているのではない可能性が、強く示唆されています。
「静かなのに疲れる」——この感覚の正体は、意識の閾値以下で作動し続ける自律神経への慢性的な負荷である可能性があります。
音環境宣言が問い直すのは、まさにこの点です。音は「うるさいかどうか」で管理するものではなく、「人が自律神経のバランスを保てるかどうか」という基準で設計されるべきものではないか——既存研究が積み上げてきた知見は、その問いを強く支持しています。
次回は、特に「低周波ノイズ」が持つ固有の危険性について、さらに掘り下げます。

 


【参考文献】
Babisch, W. (2002). The noise/stress concept, risk assessment and research needs. Noise & Health, 4(16), 1–11.
Daiber, A., Kröller-Schön, S., Frenis, K., et al. (2019). Environmental noise induces the release of stress hormones and inflammatory signaling molecules leading to oxidative stress and vascular dysfunction. Biofactors, 45(4), 495–506.
Hahad, O., Prochaska, J. H., Daiber, A., & Münzel, T. (2019). Environmental noise-induced effects on stress hormones, oxidative stress, and vascular dysfunction: Key factors in the relationship between cerebrocardiovascular and psychological disorders. Oxidative Medicine and Cellular Longevity, 2019, 4623109.
Münzel, T., Schmidt, F. P., Steven, S., Herzog, J., Daiber, A., & Sørensen, M. (2018). Environmental noise and the cardiovascular system. Journal of the American College of Cardiology, 71(6), 688–697.


 

この記事を書いたひと

有限会社エムズシステム 代表取締役 三浦 光仁

「音と睡眠」に関する第一人者。
音の不思議さ、音楽の凄さに身も心もやられ、人生の半生を捧げる。
あるエネルギーの振動(周波数帯域)により、人体が受け止める感覚センサーが異なると知り、驚愕。波長、周波数、共鳴、共振、という科学に足を踏み入れ、量子論的な世界を毎日楽しく生きる、有限会社エムズシステムの代表取締役、三浦光仁(みうらてるひと)。